絵本のある暮らしに憧れていたら、いつのまにかたくさんの書物に囲まれていました。


by sorita-exlibris

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

カテゴリ

全体
ごあいさつ
kodomiruの部屋
暮らしの綴り文
今日もイシマルケ
バーバラ・クーニー
エルサ・ベスコフ
シャーロット・ゾロトウ
マーガレット・ワイズ・ブラウン
トミー・ウンゲラー
ウィリアム・スタイグ
家族のあったかい絵本
美しい絵本・本
冒険や旅をする話
ほのぼのする絵本
土の匂いのする絵本
元気が出る絵本
おいしいそうな絵本
虫の絵本
誕生日の絵本
二十四節気の絵本
クリスマスの絵本
ちいさいひとの話
魔女、魔法
伝記絵本
昔話 寓話
まなびの絵本
ぴかぴかの1年生
きもちのえほん
戦争や平和、人権の本
安房直子
安野光雅
谷川俊太郎
杉山亮
酒井駒子
川端誠
五味太郎
中学生以上の本
イラスト集
料理本
詩集
暮らしに役立つ本
sorita 作 短編小説
sorita 作 詩
子育てお役立ち本
未分類

以前の記事

2016年 12月
2016年 10月
2016年 02月
2015年 12月
2014年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 07月
2013年 05月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月

フォロー中のブログ

sketchbook
さこももみのイラストレー...
クールドミール
ちりめん戯縫
felice*poco
絵本とわたしとこどもたち
pinch of sal...
Vivre Lascia...
tette*
すみれ文庫  
sucreの店
curiousからのおしらせ
みず・いろ
海の古書店
Kangaroo books
kodomiru 子...
ナチュラルホームケアとエ...
こまのおっちゃんのブログ
Sea Glass
bou日記
てんとう虫の足あと
櫻 誓願寺 * かわら版
絵本カフェ ちいさいおうち

お問い合わせ

お問い合わせは、info@kodomiru.com
までメールをどうぞ。^^

旧ブログは http://soritant.exblog.jp/
です。

”絵本とわたしとこどもたち”の利用につき管理者の許諾を得ずに、当サイト内のあらゆる画像や文章をなどの情報を無断転載することは著作権侵害にあたる行為のため禁止します。

版元の使用許可を得て紹介しているものがほとんどです。


"CopyRight(C) 2006 - 2013sorita All right reserved."

ライフログ

検索

タグ

ブログパーツ

その他のジャンル

外部リンク

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

本・読書
ライター

画像一覧

カテゴリ:暮らしに役立つ本( 3 )

反抗期のシュタイナー教育―自立へと向かう遙かな旅

d0220685_1137348.jpg

反抗期のシュタイナー教育―自立へと向かう遙かな旅
ヘルマン ケプケ 著
合原 弘子 訳
学陽書房


わたしは14才のときのことを鮮明に覚えている。
誰に何を言われたのか、なにをされたのか
また自分がどう考えて生きていたか。

わたしは自分が14才の時、
毎日が戦いだった。その戦いは13才から始まっていた。
その出口が見えない(ように思えた)戦いは、
いま思うと高校まで続き、卒業してからもつきまとい、
でも段々とゆるくなり、21才で一段落した覚えがある。
ちゃんと7年サイクルで。中学生は、先生さえも信じていなかった。
信じろというのなら、見せてみろ。そう思っていた。

本当に先生というものが大嫌いだった。

高校になって、ずいぶんとそれらは、明朗な教師たちにより
または、無骨に見えるだけで親切だった教師により
ずいぶんと緩和されたけれど、わたしは常に反発し
間違っていることには、たとえ先生でも間違っていると
声をあげていた。
あの引き下がらない根性は、同級生も辟易としていただろうし
(だって、面倒なことは嫌でしょう。臭いものはふたをすればいいのだと
そういうことも思春期はわかっていたし・・・。)
先生の一部でもお手上げだったろう。

といってもヤンキーとは違う部類ですが(笑)


中学は、賢さもまだ未熟で経験もない青臭いがきんちょでしたから
よけいにややこしかったでしょうね。

親も先生も嫌だったけど、学校には通い、部活も(ソフトボール)し、そこそこに勉強もした。
ずるさも、知恵がいることもこのときに学んだかな。
馬鹿正直はアホを見るということも。
上下関係の厳しさも。

小さいながらも中学生14さいころになると子どもは一人で立ちたちくなる。
立っていると思いたいのだ。

もしかしたら、こんなに鮮明に覚えているということは
わたしのなかでの14才は消化しきれてないのかもしれない。
もしくは、あの時の経験がいまのわたしのように強くしてくれた生きた証のひとつだから
抱きしめていたいのかもしれない。

もっと、思い出そうよ。
自分がどうしたかったのか。
そう思いながら、この本を再読する。

中2ともなると、俺は、わたしは 一人の人間なんだ!!!
と吠えていると思う。
いつまでも幼稚園児のように、怪我をされた、嫌なことを言われた、された。
そんなことで、親につきまとわれるのは、うんざりしてる。
ほうっておいてくれ、と叫んでいるのが思春期だと思う。
[PR]
by sorita-exlibris | 2013-07-07 11:46 | 暮らしに役立つ本

お弁当の日

d0220685_10294422.jpg


西日本新聞社の佐藤弘さんの講演はとても良かった。
内容はきちんときけば大事なことで深刻な使命を与えられたことはわかる。
でも、軽快な九州の言葉で、よかですか?!なんていいながら
笑いとライトな口調でどんどん話が進んで行く。
ラストは涙なくしては聞けない感動が待ち受けている。

佐藤氏は言った「体験のない食育は意味が無い」
竹宮小学校で初めて試みが行われた小学生による弁当の日。
始めたのは竹下先生。
いまじゃ小中高、大学までと広がっている。
自分で作るということは、
家事の力と誇りと自信を作るとも。

わたしも長女に入学にあたり言ったのは
お弁当の一品を手伝うことと、毎日靴下は自分で洗うという二つ。
どちらも休みながらでも続いている。
そのうち学校にしっかりなれたら月に一度は、彼女のお弁当の日を作ろうと思う。

松浦弥太郎さんも以前暮らしの手帖に書かれていた。
母が最初に教えてくれた料理はおにぎりのむすび方だったと。
ご飯が炊けて、おにぎりがにぎれば大丈夫、という話だった。

わたし自身同じことを思う。
だから小2の時には、誰もがお鍋でご飯を炊けるように仕込んだし
今でもご飯炊きは子どもの仕事。
おにぎりも中学生になった長男と長女は、いいのを結ぶようになった。

ご飯が炊けて、おにぎりがむすべれば大丈夫。生きて行ける。
あとはそれをあおに教えればいいのだ。
全員に教え終えたらかなりホッとするだろう。

気づけばわたしも知らずのうちに母に教えてもらっていたのだと気づく。
学童もなく、小4で祖母をなくしてから鍵っ子(といっても田舎は鍵をかけないから鍵はない 笑)
になっても、お腹がすいたら自分でおにぎりを握って、
お仏壇にある果物をさげて、自分で剥いて食べていた。
人は時にそれを不憫に思ったであろう。
母がただいまと言わない家庭が寂しいとも。

寂しいとはちっとも思わなかった。
母が帰るまでの時間、わたしは弟と過ごした。
小さいけど、子どものわたしたちには家は十分に広かった。
島になり、山奥になり、時に外国になり探検した。

中学になると反抗期のわたしに何かを訴えたかったのか
美容と健康のためにとか言いながら朝の新聞配達をはじめた
交通事故を起こして足が少し不自由になる7年前までそれは続けられた。
わたしも30件だけ手伝った。
そのうちそれは弟に代わり、わたしは朝食担当になり、それから毎朝
嫁に行くまで続いた。

片付けは苦手だけど、食べることは大好きだ。
だから作ることも大好きだ。
大量にがーとパパッと作る母は憧れだった。
わたしは自分が母にしてもらった食育をありがたいと思っている。


西日本新聞『食卓の向こう側』連載が読めます。
[PR]
by sorita-exlibris | 2013-05-01 10:41 | 暮らしに役立つ本

すばらしき日曜日

d0220685_10391131.jpg

すばらしき日曜日
暮らしの手帖編集部
暮しの手帖社


朝一番に、こっちゃんがケガをした。
大泣きで、姉2人に連れ添われて帰宅。

「どうしよう、先に登校してもいい?待った方がいい?」
そう聞いてくる姉ふみ。

昨夜わたしすごく彼女に怒ったな・・・と思い出す。

「大丈夫、先に行ってて、ありがとう」

心配をしている2人を、分団に行かせて
大泣きのこっちゃんを連れてダイニングへ。

末娘のあおは、血に驚いて
「どうぉしたのぉ?!」と目を白黒させている。

いっちょまえに、「こりゃ痛いわ、泣いちゃうわ、痛かったねぇ。もう大丈夫よぉ」
なんて3歳に言われながらも、泣き続けるこっちゃん。

消毒して、石がはいってないか確認。
こりゃ病院だわ、とすぐに町医者さんに連絡。

無事に診察が終わり、寒いさむいといいながら
昨日とは打って変わった木枯らしに肩をすぼめて自転車を漕いだ。

大阪出張の夫の出かけには間に合い
約束のボタンつけを終了。
なんと駅まで送るという慣れないことまでしてのけると
「事故するなよ」などと言われる始末 苦笑

こっちゃんは、一通り治療が終わると
安心したように、口を少し開けて
ほっぺに伊東四朗皺を作りながらの照れ笑いを始終していた。

たいしたことないのに、さっきまで大泣きしていたことに
少し恥ずかしい記憶がよみがえったのか
いや、そんなことはないだろう。
先生や、看護師さん、はたまた待ち合いのおじいちゃんたちの
労いの言葉に嬉しさを感じてのその笑顔。

遅刻で到着した学校は、ちょうど放課。
みんながかけより、おでこにでっかく貼られたガーゼを見て
誰もがぎょっとする。

ただの擦り傷なら病院なんて行かないけど
少し深かったからね、痛かったね。


というわけで、たいしたことないと言っても
子どもの怪我というものは、字の如く我を怪しくするものだ。
親の私まで怪しくさせる。

朝っぱらからどっと疲れたので、家事仕事、仕事の前に
どっかりとパソコンに座り 
一番好きなマリアージュフレールのマルコポーロを
飲みながら冷えきった体とざわついた心を溶かしている。


さて、こういう日常の中にもふと気付けば、
たくさんの事件や発見や憂いがある。
あまりにありすぎて、普通のことのように思えるが
実は普通ではなくて、最上の宝物の集合体が『普通の日々』なのである。

わたしの最近の楽しみのひとつと言えば
それはそれは、ささやかなもので、
おトイレにお待ちいただいているこの本。


矢島正雄原作、弘兼憲史作画の「人間交差点」も大好きだけど
わたしたちが書くような日常の一コマを切り取った投稿集も大好きだ。

どの投稿にも、考えさせられたり、ホッとさせられたり
人間とは、はたしてどれほどおもしろいのかと
にんまりさせられる。


さて、同名のしかも黒澤作品で映画があることを知った。
戦後間もないころ、お互いのポケットには35円。
どう日曜日のデートを楽しむのだろう。



[PR]
by sorita-exlibris | 2011-12-06 10:41 | 暮らしに役立つ本