正吉とヤギ
2021年 07月 29日

正吉とヤギ
塩野米松 文
矢吹申彦 絵
福音館書店
尊敬する友人からこの本のことを聞き、
手に入れて読み終えてから、かなりの日にちが経った。
あれからずっと、なにをしていても、また一日の終わりに
ふと考えさせられた物語だった。
祖父母と島で住んでいる6歳の正吉。
兄や正吉を学校にいれるために、出稼ぎにいっている母。
ある日、兄が育てたように、正吉のところにもヤギがきた。
ヤギはペットではない。だからその時がきたら悲しくなるから
名前をつけてはいけない。
けど、兄も少年兵として駆り出され、母も帰ってこられない正吉にとって
ヤギは新しい家族で嬉しい存在だったに違いない。
正吉は小学校にあがり、ある日疎開をすることになった。
この物語の中では、島での日常や、正吉やヤギとの暮らし。
正吉を育てている祖父母のこと。そしてともだち。
贅沢はできないけれど、毎日をつつましやかに生きている島民の生活が
描かれている。
以前、『リンドグレーンの戦争日記』にも書いてあったのは、
”ある日突然、戦争が始まっている”ということ。
危惧はしていても、気づいた時には巻き込まれている。
戦争は国がすることだから、危惧していても、始まりはわからない。
戦争は始めなくても、防ぎようがあるのに...。
読み終えた後すぐ物語のラストが、わたしには受け止めきれず
ずっと考え、友人にもそう伝えた。
モヤモヤが残ります、と。
最初は、受け止めきれず、納得いかず、この本を書架にいれるのもやめようか、とも思った。
しかし、戦争を、ただのお涙ちょうだいではなく、どういうものかを子どもたちにも
わかりやすく、自然に書かれているので、読んでほしいと結論付けたが、
すぐにここで紹介する気持ちにはなれなかった。
言葉が見つからなかったのだった。
でも、昨夜ふと考えた。
この受け止めきれない、急に訪れる悲しみが”戦争”なのだと。
あっけなく、止めようもなく現れるものが”戦争”だと。
だからこそのこのラストなんだと。
具体的に戦況がどうの、島民がどう侵略されたか、日本軍がどうしたか、
そんなことは書かれていないけれど、
書く必要なんてない。
楽しみに待っていた明日や未来が突然断たれる、それが戦争だと
知ることが十分ではないだろうか。
ここに出てくる、正吉や、祖父母のおじいやおばあ、正吉の母。その兄。
そして友達の勝。
どこかで、どこかで生きてほしいと願いつつ。
儚い夢、ありえない夢だと思いつつも、
どこかで願い、乞う。嘘であってほしいと思い続け。
喜びなどない、悲しみしかないものが戦争だと。
悲惨さで恐怖を与えるのではなく、具体的に書かれていないからこそ
人への愛に溢れ、二度と同じ思いをしたらいけない。
そう強く思わせるだろう。
時間をかけて、子どもの心に、静かに澱のように残る一冊になるはず。
4年生から大人まで。
ぜひこの夏お読みください。
追記
絵を描いた矢吹申彦氏は、おなじ福音館書店の『きょうりゅうがすわっていた』の絵も描いています。この絵本は、クリスマスに欠かせないわたしの大事な一冊。
by sorita-exlibris
| 2021-07-29 20:09
| 戦争や平和、人権の本
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