食べることのたのしみ
2024年 01月 09日
人生において、食べることは大変楽しみのひとつ。
無機質に毎日、そう、例えば缶詰で出されたら、うんざりしちゃう。
生きる希望がなくなってしまう。
ごはんとお味噌汁だけでもいいから、あったかいのを食べてもらいたい。
被災地の人たちへ心からそう願います。
先週の荻上チキさんのラジオで、トラックが入れるように道がなんとか
修復されたと知り、少しホッとしました。
現地でボランティアをする、これまた現地の子の話では
道が補修された途端、地元民なのか、そうでないのかわからない車両が増えて
困りはじめたと、つい先週の土曜に聞いたばかりです。
焦る気持ちはわかるけれども、少し待ってあげてほしいと心から願います。
さて、食べ物にまつわるエッセイを紹介します。
くどうれいん
三島社
くどうさんの5年ぶりの食エッセイ集
日経新聞の夕刊にて連載されてたものに書きおろしを加えたものです。
梅雨の頃に出たので、紹介までずいぶん経ってしまいましたが、
何度読んでもじわじわきます。
例えば「あのファミチキ」
うちの娘さんにも、しょっちゅうではないですが、ファミチキに
ある種の焦がれる思いをお持ちの人がいます。
もしかしたら、それは今の環境が成せることであって、
くどうさんのように、環境が変われば、手にとらないのかもしれません。
食いしん坊のわたしとしては、「ここが八分目」は苦笑しながらも
とても楽しく読みました。
八分目って難しいんですよ。よく食べるものにとっては(笑)
気付いたら、はち切れんばかりの満腹なので…
友人を思いだすのは「桃を煮る人」
彼女が住む彼の地はフルーツ大国で(大人になってから岡山がフルーツ大国と知る)
桃が、あの高級桃が安く、やすーく手に入ることが少なくないそうで、
あまりにあるから煮て冷凍庫へいれてあるそう。
息子が青春18きっぷで泊りに行ったときも、帰りのお土産で
煮た桃をジップロックにいれて持たせてくれた。
桃だけに限らず、なにか甘いたぐいのものを煮ていると
「煮てる」と声をかけられる。
フルーツの煮てるあの甘酸っぱい匂いほど、幸せなものはない。
祖母を思い出すのは「たくあんじゃんけん」
北海道の旭川よりも、まだ北へいく祖母や母の育った土地では
必ず保存のための地下がある。
冷房なんて入ってないのに、夏でも寒い。
冬なんて、完全なお仕置き部屋どころか、凍え死んでしまうだろう。
台所に地下へ降りるドアがあり、ドアを開けると突如と
現れる階段を見るたびに、落ちたら死にそうだな、と
いつもその前を通る時は逃げるように足早になっていた。
そこには祖母がつけた漬物がたくさん保存されていた。
4人の子どもたちへ送るためだ。
祖母の作る夏のきゅうり漬けと、冬に美味しくなる粕漬はごちそうだった。
10年ぐらいになるのだろうか。もっとだろうか。
ある日から、わたしの母が漬物を漬けだした。
最初は、甘すぎるだの、漬かってないだのとぶぅぶぅ生意気なことを
わたしや父や、周りに言われていたのだけれど、
いつの日か、祖母とおなじ味を出すようになっていた。
いつの日か、わたしも母のように、漬物をつけるのだろう。
夏のきゅうり漬けはマスターした。
それは簡単だから。
でも、粕漬はハードル高いな… でも漬けるようになるのだろう。
わたしには、祖母から母へ受け継がれたものでマスターしたいものが
まだまだたくさんある。
まだまだたくさんあるから嬉しいと言っていられるうちが花なのだ。
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by sorita-exlibris
| 2024-01-09 22:14
| おいしいそうな本
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