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もっとおおきなたいほうをー終戦記念に思うー

昨日夕陽の撮影がしたい娘を連れて、海岸までドライブをした。
夫の采配で、絶交のビューポイントにたどり着いてから30分。
沈んでいく夕陽を3人で眺めていた。
右側には空港があり、夕陽&飛行機、そして波音。
まるで絵画のような美しい色合いに、これが恋人同士なら胸キュンものだろう。

車は路駐していて、地元の人に声をかけられ、
「夕陽の撮影したくて停めてました。ごめんなさい!すぐ出ますね!」と話すと
にこにこしながら「ベストショット撮れた?」と娘に笑いかけてくれる。

これから地元で祭りがあり、堤防の中が一時的に駐車場になることと、
出入りが激しくなるだろうから、車が傷ついちゃいけないから、開放したから、
駐車場に停めていいことと、2時間後だけど花火もあがるし、ちょっとした
フードも売るから、せっかくだから時間許すなら、観ていって。
と笑顔で話しかけられる。

なんとも心温まる声掛けだった。

もっとおおきなたいほうをー終戦記念に思うー_d0220685_12241646.jpg
もっとおおきなたいほうを
二見正直 作
福音館書店


一夜明けて、今日は終戦記念日。
1945年8月15日正午 玉音放送が流れ
それと同じ時間、77年後の今日私の住む町にも、防災行政無線を使った
”祈りのサイレン”が正午に鳴り響いた。
このサイレンで、戦争を思い起こしてほしいと願っているそうだが、
しかし、世界で戦争がなくなったわけではない。

ちなみに、中国もソ連も戦勝記念日は9月3日。
イギリスは日本と同じ8月15日。
韓国は植民地開放を祝う”光復祭”として公式行事とし、
北朝鮮は解放記念日として祝日にはしている。


過去に何度もブログやSNSで書いたりしてるが
10年近く前、本屋で一時を共にしたお母さんが、子どもに
おすすめの本を店主に訊ねていた。
時期も時期なので、反戦の本を店主は
奨めたが、「うちの子には関係ないので」とその女性は答えた。
「関係ないとは?」と店主が訊ねると、自衛隊にも勤めたりしないので、
と冷たく、ぴしゃりと返してきた。
まるで、失礼なといわんばかりに。

あまりにびっくりしたわたしは、その時のことを覚えているけど、
そのあと、その人が何を買ったのか、買っていかれたかは覚えていない。


別の本屋でのことだけど、こんなお母さんもいた。
わたしが奨めた本を見て、嫌そうに、しかも汚いものでも見るように一言。

「兵隊が出てくる話や、武器が出てくる話は一切読み聞かせたくない、触れさせたくもない。」

その時奨めたのは、こみやゆうさんの「せかいいちおいしいスープ」(岩波書店)だったのだけど、その時も軽蔑も含まれた眼差しで、そうぴしゃりと返された。
すごく面白いお話なんですよと言っても無理だった。
その方とはそれきり、偶然本屋で会っても何かいい本はと聞かれることはなかった。


その反面、読み聞かせの場所でも、違う場所でも、
とにかく子どもに戦争・いじめ、人権問題を伝えたい方もいらっしゃる。

それが悪いことだとは思わない。

けど、そういう”勉強の場”でもないのに、読み聞かせやブックトークで
いきなりそんなものを読まれても、そのあとの子どもたちは
一体誰に気持ちを寄り添ってもらうことができるのだろうか。
不安に駆られ、聞いてもらいたいと思った時に、誰が聞いてくれるのだろうか。
”読み捨てて”いくまたは”読み置いて”いく立場の”読み聞かせボランティア”は、テーマとして頼まれてもいないのに、そのテーマを扱うことを、非常に危惧していることを、講座でも必ず伝えている。

しかし、家でお母さんが子どもと一緒に読むのはまた別だと思う。
寄り添える大人がいて、いつでも寄り添い心の声を聴いてくれる。
喜びも悲しみも、聴いてくれる人がいるのと、そうではないのは大違いだ。
それでも、わたしは学校で学ぶ高学年まで必要ないと考えている。

児童文学作家さんの杉山亮さんはこう話してくれた。

「大事なことは、本人に直接伝えるのがいい」
その通りだと思う。
ボランティアの思いだけで、教室には持ち込むのは避けたい。

かといって、家で親が読むにしても、年齢にそぐわないきついものは
避けてほしいと思う。そして与えっぱなしもやめてほしい。

何とはここで書かないが、いい本でも、与える印象がきついことはおおいにある。
幼稚園で読み聞かされ、50代になってもいまだにトラウマになっている、”その時子ども”もいるのだから。

それでも、争いごとはよくないと伝えたい、そう考えるボランティアの人たちの
その思いは大事にしたい。
なので、ダメダメではなく、読める本をお伝えしている。

前振りが長くなったけど、この『もっとおおきなたいほうを』がそれ。

いつ、どこで読んでも子どもたちは楽しく聴いてくれる。


王様の大好物のピンクの魚を許可なくキツネたちが獲ったので
ゆるせん!!と王様は怒ります。
実は王様は、かねてより一度使いたくて仕方がない先祖代々より伝わる
”たいほう”を持っていました。
そこでキツネのくせに!おっぱらってやる!とたいほうを撃ちます。

当然、遠くへキツネは逃げます。
けど、キツネが取って返してやってきたときには、
もっとおおきなたいほうを持ってきたのです。

さぁここからはたいほうの力比べといいましょうか。
王様とキツネの化かし合いならぬ、たいほうの打ち合いです。

大きさだけでなく、形や色、様々なたいほうを出しあい
力比べというか、根くらべというか、よくもまあ次から次へと
たいほうがでてきます。


でもね、最後の最後で、そのたいほうが木の葉だとわかるのです。


さてさて、読んでもらっている子どもたちは、そのたいほう比べが
いつまでも続くことに、まだやってんの?とあきれる子や、
もう仲直りする!という子。次はどんなたいほうがくるかな?
と楽しみにする子様々です。

さらに、どうすんだよ、こんなたくさん。と子どもがツッコむとおり
本当にたくさんのたいほうたちが残ります。
キツネは葉っぱだけど、王様はねぇ・・・。

最後、キツネのたいほうが葉っぱが正体だとわかった時の、
それこそ”キツネにつままれ”たような顔は必見。

そして最後のシーンで、誰もがホッとするのです。
どんなラストかは絵本を見てください。


どうですか?こんな反戦を伝える、争いはよくないね、と伝える絵本もある。
この絵本は、小学生高学年でもいいですし、中学生に読んでも、
もっと深い考察を子どもたちはするのでは?

ベトナム戦争の時、日本でも町で戦争反対とビラを配れば同意してくれる人も多かったのに対し、今では単純に反戦に同意ともいかないよう。

ウクライナ侵攻に関しても、ロシア、ウクライナ両国に停戦交渉を!という話をしても、ウクライナが抗戦をするのは正当だと考える人が多いため、停戦ではなく、ロシアが全面撤退すべき!という考えが多く、停戦という発想は日本のなかでも賛同者は少ないという記事を読んで驚いた。

正義を貫くためなら必要悪もあり、なんだろうか。
自分の子どもが自衛隊に勤めなかったら、関係ないんだろうか。




# by sorita-exlibris | 2022-08-15 13:24 | ほのぼのする絵本 | Trackback | Comments(0)

人間だって空を飛べる―アメリカ黒人民話集ー

この1週間、たくさんいつもより本が読めました。
どっぷりと本が読めるというのはいいことです。

先日、三女から連絡が来ました。
中島京子さんの「やさしい猫」(中央公論新社)は何度も読み直す
本になりそう、と話していて嬉しくなりました。
彼女もそういう道が気になるようです。


多読もいいけれど、気に入った本を何度も読み返すというのも一興。

友人も、これからの読書は新しいものを読むというよりも、
これまで読んだ自分の中での必要な本、古典を読み返したい。
そう話していました。

わたしはまだまだ読みたい本ばかりがたくさんありすぎです。


人間だって空を飛べる―アメリカ黒人民話集ー_d0220685_23150933.jpg
人間だって空を飛べる
アメリカ黒人民話集
ヴァージニア・ハミルトン 語り・遍
金関寿夫 訳
ディロン夫妻 画 
福音館文庫



このお話は5月のお話会で、憧れのNさんが語られたのを聴いた時に
すぐ注文をした本です。
その時も在庫僅少でしたが、つい先日教文館ナルニア国で行われていた
福音館書店の品切れ本フェアのリストの中に入っていました137.png
非常に残念です。

巻末にハミルトンによる”原書まえがき”があります。

 ある民族の間に語り伝えられた物語を読むと、わたしたちは、その人たちの
 生活のそもそもの始まり、その人たちが味わった、さまざまな希望や挫折の日々
 にまで連れもどされます。
 (本書 p235.1-2l)

24編のお話があり、読むとわかりますが、このお話はどこかで聞いたことがある。
これはあれに似てるな、なるほど、これはあの話だと気づくたびに、語りという
ものは、世界をぐるっとまわっているなと感心をすると同時に、どの時代もどの
人たちにも、語られることで、生きる希望や、糧、支えになっていると思いました。


Nさんの語りで聞いたのは、本書最後のお話で、タイトルにもなっている
『人間だって空を飛べる』
せつなく、悲しいなかにも、希望を見出せるような話です。
聞いていて、どこか涙が出そうで、でも胸があったかく、
信じたい、信じていたいと思えてくるような、不思議な話でした。

BLMについては過去にブログを書いています。


この黒人民話集の中での動物の民話は、クスっとさせられるものが多く
『トカゲ兄貴とウサギ兄貴の話』は『おいしいおかゆ』に似ていておかしかったし、
あんまり楽しくて、『牡ライオンとクマ兄貴とウサギ兄貴の話』は
中3になる娘に無理矢理読み聞かせしました(笑)
『リトル・エイト・ジョン」のお話も、2人の語りの友人が
別々で語ったのを聴いたことがあります。
こちら子ども向けの教訓物語だそうですが(笑)
ちょっとぞくっとするシュールな話なんですが、
聞いてる子どもたちも、最後に、え?となってました。
そういえば、最近語られてないからおねだりしてみようかな。


また奴隷解放された実話も収録されています。

こういった本は品切れになると困るのですが・・・。

こういう本は、読みなさいと言っても無理だろうし、
でも中学生以上には読んでほしい一冊。
秋に人権週間があるので、ぜひそのまえにまず親御さんが読まれて、
常にテーブルにある、という戦法をおすすめします(笑)

現に末娘が「人間も空を飛べるの?」と聞いてきました。
しめしめ。



挿し絵はディロン夫妻。
調べてみたら、レイ・ブラッドベリでディロン夫妻の絵のを見つけたので
予約しました。たのしみ。たのしみ。




# by sorita-exlibris | 2022-08-13 23:55 | 昔話 寓話 | Trackback | Comments(0)

蒲団とFUTON ー男の正直な面持ちと女の正直な面持ちー

代官山蔦屋主催で3月、ジュンク堂の主催で5月に
中島京子さんの声を聴くことが二度もあった。
2月の時には、代官山蔦屋の方から、3月のイベントの案内と一緒に、
いかに中島さんの作品がすごいかという熱烈なお話を
児童書売り場のコンシェルジュのYさんから伺い、そこから
『やさしい猫』(中央公論新社)『夢見る帝国図書館』(文春文庫)『長いお別れ』(同)
『ムーンライト・イン』(角川書店)『イトウの恋』(講談社文庫』
と次々に読んでいった。
映画化の時に『小さいおうち』(文藝春秋)は読んだだけだったのだけど、
いまじゃすっかり中島さんに魅了されている。

そして次はこの本と決めていたのがコチラ。


蒲団とFUTON ー男の正直な面持ちと女の正直な面持ちー_d0220685_20463792.jpg
FUTON
中島京子
講談社文庫

蒲団
田山花袋
新潮文庫



田山花袋の『蒲団』まともに読んだというはっきりした記憶もなく、
(たぶん読んでいない。授業で聞いただけのようなないような)
ただただ、変態な話だよな、ということしか思い浮かばない。
田山花袋=若い弟子に現をぬかしたけれど、自分の立場上、安易に手も出せず、
若い男(田中)が弟子といちゃいちゃするようになったら、辛抱たまらん!!と
親代わりを盾にこれでもかと邪魔をする。一見「恋の温情なる保護者」面をしているのだけどね。
でも、田中との恋慕の手紙を盗み読みするあたりは、保護者ではなく、嫉妬ですよ、嫉妬。

竹中時雄36歳、子ども3人。
本書は、弟子(芳子)と実際に恋に落ちたわけではなかったが、確かに心は通じ合っていたと
思ってならない、確かにあったあの日々と、弟子を国に帰し全てが終わったところで、
芳子をめぐる時雄の話がはじまる。

パッとしなかった田山花袋。この弟子への思いを正直に書いたこの小説が
世に認められ、この『蒲団』が自然主義、つまり、日常の思いをつらつらと正直に書いた
私小説というジャンルを確立させた一冊目。
しかし、この『蒲団』は当然実在モデルたちへの生活の支障が大きすぎた。
これはまた別の話で・・・。

中学生あたりにちらっと見ただけじゃ、『変態』という二文字に収めてしまうのも
致し方ないと思う。たしかにそうだし。
でも、その変態性は誰でも持ち合わせているのだよ。と思える年になった今では、
なんというか、男のセンチメンタルというか、ロマンというか、ま、仕方ないな、
と思えるのだから、1度読んだだけで決めつけないでねと伝えたい。
↑以外とこれ重要(笑)

36歳で、パッとしないなと思ったところに熱烈な弟子志願のファンレターが届き、
実際にあったら、これまた美しいハイカラな新式のような女学生ときたら
そりゃ、ね。そうでしょう。


「妻と子ー家庭の快楽だと人は言うが、それに何の意味がある。子供の為めに生存している妻は
生存の意味があろうが、妻を子に奪われ、子を妻に奪われた夫はどうして寂寞たらざるを得るか」
(本書p67.9-11l)

あー、もう、はいはいっ。言ってろ、言ってろ、と思うわけですよ、ったく。


結局、色々あるなか郷里から父はやってくる。連れて帰ると、なにがあったと詮索されては
立場上困る。だからこのまま東京で勉強をさせてくれ、しかし田中には京都に帰って、勉強を
つづけろと言うけど、この田中が頑固。帰らないと言い張るわけで。

このあたりのやりとりで、時雄は確信したくなかったことを”確信せざるを得ない”ことになる。
つまり惑溺についてだけど。


あの男にに身を任せていた位なら、何もその処女の節操を尊ぶには当たらなかった。
自分も大胆に手を出して、性慾の満足を買えばよかった。こう思うと、今まで上天の
境に置いた美しい芳子は、売女か何ぞのように思われて。その体は愚か、美しい態度も
表情も卑しむ気になった。
(同p96.3-6l)


あーー。わかったから、わかった。どっちが先かの問題じゃないだろう!
とツッコミをしたくなる。(笑)

三人称になっているおかげで、冷静さを持ち直すことができるこの『蒲団』(笑)

途中、酔っぱらって芳子を怒って迎えにいくところで、ふと所帯を持つ前の
”細君”の桃割姿を思い出す。妻にしたくてしたくて、娶ることができないのであれば
南洋の植民地に漂白しようとまで思い詰めていたのに、今は芳子に心を奪われている
自分にハッとし、

何たる節操なき心ぞ、僅かに八年の年月を閲したばかりであるのに、こうも変わろうとは誰が思おう。
( 同p41.2-3l)

そして”我ながら時の力の恐ろしい”といいつつも、矛盾を抱えながらもでも事実だから仕方ないと言い聞かせている。

一線を越えず、最後まで表面上は親代わり、師として徹することができたのも、
この自分のなかの節操なき心と、芳子を思って仕方がない心とのせめぎあい
だったからであろうとは思う。

思うがしかし、芳子が全然男として好きじゃなかったら、どうするんだ?って話ですね。
でも、絶対自分が独り身なら、芳子は結婚していたと確信しているからすごい。
当の芳子は36歳には目もくれず、21歳の田中と恋仲、惑溺なんですから、あきらめなさいな、というお話。
このあたりは、芳子のモデルの岡田美千代が後にどう書いているかは読んでみてね。

この一方的な恋慕は、さすが、ツルゲーネフを本文にも出すだけあるなぁと妙に感心。

国へ帰したあと、2年も過ごした二階の芳子の部屋でのラストシーンこそ、
この『蒲団』を世にしらしめた、そして認めさせた箇所だと思う。
男心の繊細さを実に正直に書いていて、5人の母で、ぴちぴち50代としては
背中をさすってやりたい気分にならんわけでもない。(他人の旦那なら)

どちらにしても、このラストで、そうかそうか、そこまで好いておったのかと思わされる。
同じ屋根の下に、妻いるにも関わらずだ。


ということで、次、中島京子さんの『FUTON』

こちら、中島京子さんのデビュー作です。これね、解説が斎藤美奈子さんなんですよ。
これだけで、そそられませんか?そそられるでしょう。
買いましょう。(笑)

中島さんのどの作品もそうなんですが、絡み合ういくつかのストーリーが
見事に最後に収拾されていく。

1.田山花袋を研究するアメリカ人の日本文学者 デイブ・マッコーリー。
自分の講義を受講して、抜き差しならぬ関係をも持っている日系人の学生エミ。
そして、エミに惚れている日本人留学生ユウキ。

2.日本では、エミの曽祖父にあたるウメキチを通した2つの話が交差していく。
若いころのウメキチとツタ子。

3.100にも近いウメキチとヘルパーのケンちゃん(ハナエ)とイズミさん。
この話が鶉町が舞台というのが肝心なところ。

さらに、本書の中で、『蒲団の打ち直し』というタイトルで、デイブが書く
『蒲団』は、斎藤氏も言っているが、花袋の『蒲団』に同時収録してほしい。
ものすごくいいテキストになっているし、この始まりがまた憎い。

まず名もない”細君”に美穂という名前があることで生きてくる。
名前を付けてくれてありがとうと言いたい。

『蒲団』では、細君としか書かれず、文学を志しているわけではないことを理由に
花袋は時雄を通して、何度も『お前たちには解らん』と言うから、かちんときたのだけど、
見事に、中島京子氏は、デイブを通して美穂の目線を三人称で書ききっている。
しかもちゃんとわかってますよ。美穂は。

そして生身の世界でも、
デイブ=時雄(花袋) エミ=芳子 ユウキ=田中

さらにわたしが思ったのは
ウメキチ=時雄(花袋) ツタ子=芳子 キクゾウ=田中

このほかに、デイブを花袋研究を日本の学界で発表させようとする
エセなのかそうかわかりかねる関西弁が出てくるモリタ教授。
この教授がわりといい味を出している。
そして、デイブの別れた妻サラとこども。

なにより、この『FUTON』は花袋の『蒲団』に収まっていないところがすごい。
関東大震災、第二次世界大戦、ヒロシマの原爆、9.11同時多発テロ
夫婦問題、恋愛恐怖症、性同一性障害、若者のこれから問題
ミッドライフ・クライシス。

『蒲団』のセンチメンタルどころではない大きなものを考えさせられるところが多かった。

あと、不思議と中島京子さんの『FUTON』を読むと、
なんだか時雄に対して変態性よりも切なさを感じるから不思議。

それにしても、田山花袋のことを四角い顔とか出てくるし、写真があるからか、
どうも、うーん、うーん。
小説って、こういうことを書いてもよかんべなと、突破口を開いたのはいいんだけど、
その見返りは、だれしにも多く火の粉が降りかかったのが気の毒でならない。

そんな思いも、中島さんのを読むと忘れるから不思議。

”美穂”の描かれ方が、私は好きだ。

でも、最後は切ない。

この身を引き裂かれ、ただ茫然とせざるを得ない切なさを、男は自分の
ロマンチシズムなのか繊細なのか、センチメンタルなのか知らないが、
自分の起こしたことの跡を妻が知ったときに、どれだけの思いをするのかを
知った方がいい。もちろん、女が男に対してしたときも。

デイブが書くラストも、無事帰国をしたデイブと元妻のサラとの会話が
重要ポイントになってくる。

人は”何か”をきっかけにしないと、その人の本当の声を聴きだすことが
できない時があるのだから。


もうひとつ、性同一性障害のケンちゃんことハナエさんの
将来の夢がなんともいい。ぜひとも実現してほしい。
いつか、いつかハナエさんの物語が読みたい。
ハナエさんの彼女だったイズミさんとウメキチの出会いもよかった。
イズミさん絵を描けたのだろうか。デイブとまた会えるだろうか。

中島さんの書く小説はどれも、どの登場人物もその後が気になる人たちばかり。




# by sorita-exlibris | 2022-08-11 10:27 | 人生について | Trackback | Comments(0)

親になるということ -2冊の本から考えるー

親になってから、23年目になる。
こんなわたしを親にしてくれてありがとうと子どもたちに思う。

そういえば、ミクシィから移動をさせようと思っていた子どもたちとの日記も頓挫している。
そのうちまた着手しよう。

さて、とても良い本に出合った。

親になるということ -2冊の本から考えるー_d0220685_20132838.jpg
左 
家族は他人じゃあどうする? 子育ては親の育ち直し
竹端寛
現代書館

ママがいい! 母子分離に拍車をかける保育政策のゆくえ
松居和
グッドブックス


『家族は他人じゃあどうする?』
2022年7月23日に発行したばかりの新刊。

こちらは、今池のウニタ書店で購入。
朝日新聞の記事だけど、ウニタ書店を知りたい方はコチラ

朝日を取っていないので、この記事を知らなかったのだけど、
このウニタ書店を紹介してくれた人の「ここは神田が本店でね」という話を
ついこないだまで信じていたのだけど、店員さんにあっさりと
使っていいかと許可もらったんですよ、と笑われる。

以前のうなぎの寝床のような店内が大好きで、本もよく注文をしたのだけど、
新しくなってから、実は片手で数えられるぐらいしかいけてない。
よくないな。目当ての珈琲屋もあるし、もっとでかけよう。

ということで、店内久しぶりでくまなく見ていて、ほしい本で諦めたのもありつつ
何冊か購入したうちの1冊がこの本。

42歳で父になるまでの苦労だけでなく、福祉社会学者になるまでの竹端さんの苦労も
読んでいて、声援を送りたくなった。

本書は、note のウエブサイトで現代書館のページで、
著者自身の子どもが3歳から5歳になるまでの一年半を綴った
『ケアと男性』を書籍化したもの。
1回4000字と決めて書かれたものを、テーマごとに編み、書下ろしで追加された
エピソードもある。


帯には
・「わかる~、ウチだけじゃなかった」という安心感たるや。(みちこ)さん
・ うちも「自分が稼いでやってるんやぞって思ってるでしょ」と言ってケンかに
  なったことあります(ひろこ)さん
・待つことは手放すこと。この言葉がすぅっと腑に落ちました。(ゆかん)さん

など、共感の嵐です。(実はもっともっと共感する言葉が書いてある)

男性って、うちもそうですが、なかなか話さない。
こっちが切り出す頃にはかなり感情的だし、黙って聞いてるばかりで
聴いてんのか?と思ったことは、はっきり言ってある(笑)

でも、ある時「言ってもらわないとわからないよ」と言った。

遠慮をして、ズケズケいえるようになったぴちぴち50代の私。
言い過ぎるのか、「文句ばかり言われる」と言われたこともある。
こうした方がいいと言うことは、いつしか”文句”になっていた。
本音を言えば、この時だって、本当に言いたいことは言えずにいたのだ。

若いうちに、まだまだ親になる練習生のうちにどんどん喧嘩ではなくて、
冷静に、思うことは正直に言わないとだめ。
そのうち飲み込んでばかりで、なにも言えなくなる。

ある日、息子のことがきっかけで、わたしはボロボロ泣きながら夫に話をした。
一体、わたしをなんだと思っているのか?
思いやりというものがあなたにはないのか?

口ごもりながら、咽喉が苦しくて、ようやく口からこぼれる
声にならない声に夫はたじろいでいた。

コロナ禍でも我が家の密着度生活は変わらない。
もう27年わたしたちは自営で、自宅で仕事をしているのだから
打ち合わせ頻度も変わらない。

23年親をしている、25年夫婦をしているわたしたちでさえ
いまだに模索中なのだから。
夫婦になったばかり、親になったばかりは右往左往する。
それでいい。それが普通だから。

竹端さんが自分の福祉社会学者としてつながる”ケア”についてを
我が子との生活や、妻との生活で考えるところがとても素敵だ。
そして、正直にごめん!!と謝っている。
妻の言葉は出て来ないが、きっと妻は妻で同じように模索して
同じように、朝から晩まで、夫とこどものことを考えているはず。
そして、竹端さんは、妻が子どもにかける声掛けの素晴らしさに
いつも感嘆している。
ここですごいのは、俺には無理と言わないところ。

俺には無理と言われたことは何度もある。(笑)

この本は、文庫に来るお母さんやお父さん、そして支援関係者にも
おすすめしたい。

保育園に送る寸前の「トイレいきたい」
靴を右左反対だから履き替えさせたいのにぐずる。
お風呂に入ったのに、お絵描きがしたい。

様々にでくわす ”めんどくさい”に対して、自分とは違う対応をしていく
妻に感嘆をしている筆者。

これを読んで、現在進行形の人も、過去になった人も、ずいぶん過去のわたしでさえ
懐かしんで涙が出た。

しかし、福祉社会学者なだけあって、排泄問題ひとつとっても”ケア論”と比較するのも
堅くて読み応えあり。

ひたすら一生懸命なんだなと感じる。

お父さんは自分のために、お母さんはきっとこう考えているんだろうと
お父さんのことを知るためにも、ぜひ本書を手に取ってね。




右の『ママがいい!』

こちらは今年の1月に発行されたもの。
友人からの薦めがあったものの、やっと着手。
出会えてよかった。しかもこの2冊を連続して読めてよかった。

こちらも、子育て支援関係、保育関係者に親。
子どもに関わる全ての人に読んでほしい一冊。

この数年で保育政策に警笛をならしていた人々の声が
しっかりと書かれている。

最近、すごく気になるのが
幼稚園でも保育園でも、子育て支援拠点でも
全部とは言わない。
でも、保育者の仕事が”サービス”になっていないか?と
感じることがある。

わたしたちの時、使用後のおむつは自分で持ち帰った。
もらしたパンツもさっとはゆすいであっても、きちんと洗うのは親の仕事だった。

朝の別れる儀式も、先生は連れていってくれない。
そこに怒っている親もいたが、この毎朝の別れの儀式は
子どもにとって、必要なことだと先生は話した。
先生もそのあたりの限界は見極めての親への対応だった。

全部を読み終えてページを閉じた時に思ったのは、自分が預けていた
保育園への感謝しかなかった。

次女と三女が中学生の職業体験の時に、それぞれ別の保育園に行った。
保育士になりたいと当時考えていた三女が行った保育園は、彼女曰く最悪の園だった。

積み木があるけど、それは出してもらえず、二歳児クラスを担当したのだが
登園して揃うと、はーい、みなさんおはようと同時に、先生がスマホの音楽のスイッチを押す。
生音ではなく、機械音で踊りが始まり、一日中、なにかしら機械音の中で
すごすはめになり、とにかく自分が落ち着かない。
子ども同士が揉め始めると、とにかく”切り離させる”
職業体験が終わると、時間だから帰ってと言われるだけ。

次女の行った保育園は、それこそ自分が卒園した園に似ていて、
木のおもちゃがたくさんあり、子どもたちが自由に遊べる時間がある。
子どもたちが揉めると、先生たちは見守りつつ、少しのアドバイスで
子どもたちは落ち着いていった。
体験時間が終わると、園長先生の部屋に行き、それこそ長い時間
今日の感想や思ったことをきちんと一人ずつ話を聞いてくれて
アドバイスもくれたそうだ。
絵本もたくさんあり、本当に子どもたちがのびのびと過ごす様子に
自分もおなじように過ごしてきたことに感謝をしたと話す。

この話を聞いて、次女が、かわいそうで泣けてきたと話す。
そして、自分がどれだけ幸せな園にいたかを知ったと話していた。

高校生になったとき、夏のボランティアで違う幼稚園に出かけた二人は
英才教育で有名なその園での、驚くほどいうことをきく園児たちに
恐れをいだいていた。
「やりやすいけど、3歳、4歳であんな聞き分けいいのは怖い」

松居和氏の言葉の中で、
親はいい親になりたいと思った時点でいい親になっているとあった。
それに、子どもを通して過去の自分を見ることができるとも。

わたしも失敗を繰り返し(いまでも)それでもいい親になりたいと
ずっと思ってきた。うまくいかない、思い通りにいかなくても、
わたしを好きでいてくれる子どもたちからの”愛”のおかげで
わたしは親でいられたし、もっとがんばろうとも思った。

いつでも、わたしが育てられていると感じている。

松居氏の言う通り、忍耐、待つということを教えてくれたのも子どもたち。

騙されたと思って、この2冊読んでみてください。









# by sorita-exlibris | 2022-08-09 22:02 | 子育てお役立ち本 | Trackback | Comments(0)

こんなかお、できる?-子どもの百面相ほど面白いものはないー

こんなかお、できる?-子どもの百面相ほど面白いものはないー_d0220685_20425216.jpg


こんなかお、できる?
ウィリアム・コール さく
トミー・ウンゲラー え
こみやゆう やく
好学社



 寝る前の一工夫やら、なんやらは、工作員になったぐらいの試行錯誤が寝室で行われる。
かくいうわたしも、大変だった。
5人ぞれぞれのエピソードがある。

長男が4歳の時に双子が産まれ、
8歳の時に、末娘が産まれた。
末娘が小さい時は、先にまずそちらを寝かしたい。
そこで、4人を階下で待たせ、1歳の娘を先に寝かせる、
ところが、下から聞こえる笑い声に、末娘も釣られて寝るわけがない。
すごい形相で、お願いだから10分でいい静かにして、と言ったのは
一度や二度じゃない。
しかーーーーし。子どもにはそんなものは3秒持てばいい方だ。

うまく全員寝かしつけようとしても、なぜこんなちびっこと一緒に寝るんだと
上から文句が来る。たしかに7時は早かろう・・・。

でも、わたしにだって自由が欲しいのだ!安眠も欲しい!!
↑これ世の母親の本音。

あわよくば寝顔を確認して下に行ったつもりが、
それは実は狸寝入りで、本が読みたい長女はわたしをだまくらかし、
かつ灯りが漏れないように、スタンドに毛布をかけてたと言う。

火事にならなくて、よかった。

後から聞く、子どもたちの枕で起こったあれこれ。
わたしが東京にいるとき、長女は末娘を寝かせるために、
絵本をこれ以上ないのろさで読んだそうだ。
いまでも、末娘はあのお経よりものんびりな、
スロー再生の読み聞かせを恨んでいる。笑

ちなみに、ここで夫が登場しないのは、

寝るよ~とんとんねぇと言った3秒後に子どもより先に寝てしまうので
毎回、4歳の子どもに
「お父さんは使い物にならない。寝かしつけは役に立たない」と言われていた。


本書の女の子も、寝たくないがゆえの理由をたくさん持っているらしく、
さぞかし苦労をしたと思われる😅

寝る前に百面相で、あれこれの"こんなかお、できる?"
表紙からは想像ができない、思い切りが女の子にみられるのがいい。
こんなカワイイ子がこんな顔をするの?と笑えてしまう。

うちの文庫でも、眠くない子がたくさんいる。
あと一冊。もう一冊。
抱っこしてもらってないから!(一体最後の抱っこっていつが該当するの?)
手を繋いでないから。(手を繋いでたら本が読めない)
トントンされてないから。(トントンは自分でも寝てしまう)
足モミモミしてない。(もみもみはわたしがされたい)

ありとあらゆる寝ない理由。

我が家だけでも、こんなにあるのだから、みなさんの話を聞いたらさぞかし楽しいはず。

「あぁ、楽しかった!すごく面白かった!」

どの子も、返す時にすごく面白い!と太鼓判を押してわたしに渡す。
それを聴いて、別の子が借りていく。
たまたま久しぶりに我が家にいてくれるこの絵本。

借りて行った子たちはベッドルームで、どんな変顔をそれぞれ見せてくれてるのだろうか。

我が家の変顔クイーンは、いまでもたくさん変顔をして楽しませてくれる。
もう、大学生なのに。
時々、その変顔がわたしの携帯に収められている。
連続写真で・・・。


キュートすぎて愛しい。



# by sorita-exlibris | 2022-08-07 20:56 | 小宮由 | Trackback | Comments(0)

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